森の中に有る町の中。 町を二つに分ける大きな通りから葉脈のように枝分かれする小道。 大きな通りから何度目かの分かれ道を進んだ先に、その魔法商店が有る。 繁盛している気配のないその店内には魔法を大衆化して、 扱いやすくする為の小物が並んでいる。 カウンターの横のドアを抜けると、 店の奥には印刷所を思わせる印刷機と裁断機。 窓際にある机に日差しが差し込み、 椅子に腰掛けて机に向かう女性の髪をきらきらと輝かせる。

女性の目線は机の上いっぱいに並べられたガラス器具に向けられている。 ガラス器具同士は管でつながっており、ガラス器具のいくつかは 円の中に幾何学的な模様が描かれた紙の上に置かれている。 不自然に発光するガラス器具を睨み付けながら、 手元のバインダーに何かを書き込んでいく女性。 苦虫をかみつぶしたような顔で ガラス瓶の下に置かれた紙へ送る魔力を調整しながら、 この店の店主であり、面倒ごとが嫌いなアリシアは、 事の発端である今朝の事について思い返していた。

「ごめんください!」 ドアベルも鳴り止まないうちに飛び込んでくる男性の声に アリシアは剣呑な雰囲気を感じ取る。

「どうしました-?」 カウンターから顔を出し、店の出入口へ顔を向けるアリシア。 店のドアのすぐそばに、側に男の子を抱えた女性と 白衣を着た男性が立っている。 女性に抱えられた子供は、青い顔であせをかき、 ぜえぜえと荒く呼吸をしている。 「あなたが、アリシアさんですね」 白衣の男性がカウンターまでやってきて、 何枚かの紙が挟まれたバインダーカウンターに置く。 「お医者さんが何のようかしら」 「あなたなら、どうにか出来るかもしれないと聞きまして」 焦った様子で、一緒に来た女性をちらちらと見ながら言う。 「ずいぶんと熱がある様子ですが、魔法で解熱するくらいなら・・・」 アリシアの言葉を医者が遮る。 「それがですね、この子は病気では無く毒虫に刺されたものなのです」 「毒虫?」 目を細め訝しそうな顔をするアリシア。 「ええ、採血して調べましたので間違い有りません。  しかし、その虫は本来もう繁殖期を終えて成虫はとっくに居ない時期なのです」 カウンターに置かれたバインダーを指さして 医者が書かれた毒について説明する。

「解毒剤が無い訳ね?」 ポリポリと頭をかきながら、面倒くさそうに確認するアリシア。 「そうです。あの解毒剤は保存が利かず、  その薬草も最後に仕入れがあったのは1ヶ月前です。」 ため息をつき、アリシアが答える。 「薬草の調達というなら、何処で手に入るのかしら。  最後の入荷は1ヶ月前なのでしょう?」 医者がバインダーの最後の紙を見るよう促す。 「その薬草は春先が旬なものです。  初夏にさしかかるこの季節でも、  標高が高い場所で有ればまだ採取可能な筈なのです。」

別な町へ続く街道から上れる山の地図がバインダーに挟まれており、 いくつも印が描かれている。 「地図上で、薬草が生育可能と思われる地点をマークしてあります。  ただ、そのどれも通常の薬草採取では向かえない魔物が多い場所です」 アリシアは深くため息を吐き、女性に向かい言う。 「あたしならこの地図の箇所を回って薬草を探すことは出来るわ。  ただ、薬草が有る確証が無い上、行く先は危険地帯よ。」 「勿論お礼は致します!不足かとは存じますが、  これだけのお礼をご用意出来ます!」 女性が懐からメモ紙を取り出しアリシアに渡す。 自分の経営する店の経常利益の5倍の金額を見て、 アリシアの目の色が変わる。 「任されたわ。但し、薬草が無くてもあたしを恨まないでね」 良いながらアリシアは店の奥へ。

「ヴィクルンドさん、タイムリミットは明日の朝です」 「おっけー、地図の地点を回るだけなら夕方には戻れるわ」 普段着から外出用の衣装へ着替え、マントを羽織り出てくる。 「一応解熱の法陣紙も出してきたわ。その子の額に当てながら、ここをちぎれば発動するから」

数枚の法陣紙を医者に渡し、カウンターにおいてあった二つの指輪を手に取る。 左手の親指と右手の人差し指に指輪をはめる。 長い銀髪を首の後ろで留め、 肩掛けの鞄に医者から受け取った地図を入れる。 「ヴィクルンドさん、恐らく薬草は魔法での処理が必要になります。」 医者が申し訳なさそうに言う。 「かまわないわ、ここで待っていて」 鞄を肩にかけながら店を出るアリシア。 「ヴィクルンドさん、どうか息子をお願いします」 涙目の女性に見送られながら、アリシアは衣類に編み込まれた魔方陣に魔力を込める 「行ってくるわ。」 マントやズボンに複雑な模様が明るく浮かび上がる。 アリシアがジャンプすると、ひとっ飛びで店の屋根に飛び乗った。 (身体強化の魔法は問題なしね) そんなことを考えながらアリシアは目的へ向かい他人の家の屋根へ飛び移り、 目的に向かうのだった。

山を越えて町をつなぐ街道。 山裾に沿って山を避けるように曲がりくねっている。 首の後ろで留めた長い銀髪を風になびかせ、 風を切って走るアリシア。 街道の道沿いに小さな広場が有り、 そこから山へ向かう登山道が枝分かれしている。 広場では山菜や薬草を採りに来たと思しきキャラバンが荷造りをしている。 砂埃を上げながらカーリングの投石時のようなポーズで減速し、 一団の側で止まるアリシア。 「こんにちは。大漁かしら?」 馬車の近くに居た、熟練の雰囲気の有る老人に話しかける。 「おや、魔法使いさんか。今年もぼちぼちだよ。」 「ところで、少し聞きたいことが有るのだけど、良いかしら」 医者にもらった地図を取り出し、一行に見せながらアリシアが言う。 「このマークの中であなた方が回った箇所は有るかしら。」 一行が地図をのぞき込み、すでに回った箇所をアリシアに伝える。 話によれば、山裾に近い大半のポイントは一行が回り、 件の薬草が無かったという情報を得る。 「教えてくれてありがとう。ちょっと面倒事でね。あの草が必要なのよ」 「んむ、危なくて上には行けなかったが、山頂に近ければ恐らくまだ採れる筈だよ」 「あなた方の経験は信用しているわ。ありがとう」 アリシアは再度礼を言い、その場を離れ山へ向かう。 再び衣類に刻まれた魔法を発動し、尋常ではない身体能力で山を駆け上っていく。 一行がすでに回ったポイントを省き、登山口から最も近いポイントへ急ぐ。 山裾に広がる森を抜け、中腹にさしかかると景色は岩だらけになる。 身体能力強化の魔法によって拡張された視覚が 6人の人影を知覚する。 (3人と1人と2人・・・?) 拡張された視覚は目で見た情報だけでなく、 気配や熱源等から統合されたイメージを得ることができる。 頭の中に横たわる1人と、3人に囲まれる2人のイメージが浮かぶ。 (山賊、か) 距離を縮めるにつれ、イメージははっきりとしていく。 血を流し倒れる男と3人から刃物を突きつけられる男女。 (臨時収入かな・・・?) 心の中でそんなことを考えながら、 アリシアは両手の指輪を触れあわせ左腕を前に突き出し、 右手の親指で人差し指の指輪を押さえながらを右頬の近くへ引っ張る。 指輪同士の間に光りの線が生まれ、時間とともに輝きを増していく。 走りながら大きく跳躍し、空中から刃物を突きつける男たちへ左腕を向け、 指輪を押さえていた親指から力を抜く。 まるで見えない弓から射放たれたように、 勢いよく放たれた光の矢は3本に別れ3本それぞれ、刃物を持つ男たちの頭部に命中した。 攻撃を受けた3人の男は魂が抜けたようにその場に倒れる。 跳躍から着地したアリシアは怯え竦んでいる男女に向けて叫ぶ。 「ロープ!早くこいつらを縛って!」 声を受けた男女はびくりと震え、慌てて荷物からロープを取り出し、山賊を縛り上げ始める。 「この人は仲間?」 血を流して倒れる男をさしてアリシアが訪ねる。 青白い顔のまま強く頷く男女。 「縛り上げるのは任せるわ。このくらいの傷ならすぐに治せる」 そう言って懐から小箱を取り出し、中からチョークを取り出すアリシア。 倒れる男を見据え、チョークを男に向かってせわしなく振り始める。 すると、何もない空中に線が描き出され、何本も走る白い線はやがて幾何学模様を形成する。 倒れた男の真上に、大きな魔方陣を描きあげたアリシア 「せいっ!」 アリシアが魔方陣の外周部をチョークで突くと白い線はさらに輝きだし、 魔方陣から小さな光の玉が倒れた男に降り注ぎ、体に吸い込まれていく。 「よし、これでもうしばらくすれば起き上がれるわ」 そう言って男女のに向き直るアリシア。 「あ、ありがとうございます」 白い顔のまま礼を述べる男。 「いーのいーの気にしないで」 へらへらと手を振りながら答えるアリシア。 「まぁ、代金はもらうけどね」 続いて女が口を開く。 「い、いくらほどお支払いすれば・・・」 「ああ、あんたがたからはとらないよ」 そう言いながら、未だ気絶している山賊の懐や鞄を漁り、財布を抜き取るアリシア 「えっと、あんたがたはまだ奪られてないのよね?」 「は、はい」 男女が口をそろえて答える 「よし、じゃあ私はいくわ。こいつらのことはお任せするわね」 あっけにとられた三人を尻目に、衣類の魔方陣を輝かせながらアリシアは再度山頂へ向けて走り去っていく。 結果的に三人のパーティーを助け、また山頂へひた走るアリシア。 あたりには木という木も生えておらず、岩肌のヒビから若干の植物が生えている程度だ。 (もうすぐ地図の最後の地点だけど、ほんとにあるのかなぁ・・・  まあ、最悪なくても、臨時収入はあったし大丈夫かな) そんなことを考えながら最後の地点に近づく。 (あ、岩じゃないものがある) 拡張された知覚で岩でも動物でもないものを見つけ、減速しつつ肉眼でも目標を確認する。 「有った!奇跡みたい!」 目的地に到着し解毒剤の原料となる薬草を採取したアリシア。 「よし、後は帰るだけ!全速力で行くっ!」 衣類に刻まれた魔方陣へ魔力を込め、強く地面を蹴って登山口めがけ 走り出すアリシア。

周辺に衝撃波をまき散らしながら山を駆け下りていく。 転がり落ちるように山を降り、走りながら懐から出した紙に何かを走り書き、 右手で握りしめたまま、左手親指のリングと右手人差し指のリングを接触させる。 土埃を上げながら急停止したアリシアは両手を引き分けながら、ぼそぼそと何かをつぶやく。 アリシアの周りの地面に魔方陣が浮き上がり、光がアリシアを包み込む。 光の塊となったアリシアは街の上空へ向け、引き分けた右手を開く。 刹那、アリシア自身が光りの槍となって街の上空へ放たれる。 落雷のような轟音と共に一瞬で街の上空まで飛翔したアリシアは 術を解き、大気を操りながらゆっくりと落下していく。 巧みに魔力を操り、自分の店の前に着地するアリシア。

店に入ると、医者が駆け寄ってくる。 「ど、どうでしたか・・・!」 「有ったわ、奇跡みたいね」 自分の鞄から薬草を採りだして医者に見せる。 「あ、ああ・・・!本当に奇跡だ!」 「で、この後はどうすれば良いの?このままじゃ使えないんでしょ?」 「そうだ、そうだった!」

医者は鞄からまた別なバインダーを取り出し、アリシアに渡す。 「え、これ、本当に・・・?」 そこに記されている複雑な精製工程は、 どう少なく見積もっても科学的に処理するならば三日は必要な工程であった。 「そうです、だからあなたにお願いしに来たんです」 真剣なまなざしで見つめる医師に負け、肩をすくめるアリシア。 「・・・わかったわ、やってみる」 アリシアはバインダーを受け取ると、工房の奥のドアへ向かった。 精製の工程は複雑を極め、複数のガラス器具それぞれを 別々な魔方陣で制御し、科学的な精製を早めていく。 机の上いっぱいに並べられたガラス器具の一番端の試験管。 そこにかすかな量の液体がぽつりぽつりと落ちていく。 反対側のガラス器具の輝きが徐々に薄れていき、 すべてのガラス器具から光が消える。 「これで・・・全部か・・・」 魔力の調整でひどく消耗した体を引きずり、 目をこらさなければ解らない程の量の液体が入った試験管を持って 工房のドアを開ける。 来客用のソファには汗をびっしょりとかき、 苦悶の顔で横たわる子供が居る。 その汗をタオルで拭う悲痛な表情をした母と、 その隣でそわそわとしながら待っていた医者。 医者がこちらを向くや否や、アリシアは試験管を医者の目の前に突き出す。 「出来たわ!あなたが教えてくれた方法が間違って無ければね」 医者は驚いた表情を見せながら、自分の鞄から医療用の針を取り出す。 「十分な量だが、注射器では吸えない。針で投与します」 そう母親へ説明し、試験管に細く、とても長い針を差し込み、薬品を付着させる。 「ようし、もう大丈夫だ。すぐに薬が効くからな」 半ば意識の無い子供へそう呼びかけながら、 子供の首へ針を刺す。 医者が針を抜いてまもなく、子供の表情から険しさが消える。 「ああ、先生!アリシアさん!ありがとうございます・・・!」 子供の母親が我が子を抱きしめて絞り出すような声で言う。 「アリシアさん、あなたが居なければこの子は助からなかった。ありがとうございます」 医者が子供に聴診器を当て、安堵の表情で言う。 「別に、上手くいくかなんてあたしにもわかんなかったわよ」 アリシアは軽く頭をかきながらそっぽを向いて言う 「その子の運が良かっただけじゃないかしら」 「本当に、ありがとうございます。約束のお礼です。受け取ってください」 母親の差し出すバッグは口が開いており、そこから現金が顔を覗かせている。 「まあ、出来るかどうかは解らないけど、困ったらいつでもどうぞ」 バッグを受け取ったアリシアは、また工房の奥へ消えるのだった。 ________________