森の中に有る町の中。 町を二つに分ける大きな通りから葉脈のように枝分かれする小道。 大きな通りから何度目かの分かれ道を進んだ先に、その魔法商店が有る。 繁盛している気配のないその店内には魔法を大衆化して、 扱いやすくする為の小物が並んでいる。 店内には一人しかおらず、長い金髪のその女性は この店の店主のはずだが、会計のためのカウンターに突っ伏している。 客が来ない事をいいことに、朝に開店の作業をしてから カウンターで惰眠をむさぼっていたのだ。
だが、平穏な眠りは突然打ち砕かれる。 「アリシアさん!!いらっしゃいますか!!」 大きな音を立てて開かれたドア。 ドアベルが鳴りやまないうちに駆け込んでくる男。 そのけたたましい音で目覚めた店主は眠たい声を隠そうともせず答える。 「はいはい・・・今日はどんな緊急事態なの・・・?」 カウンターに突っ伏したまま、顔だけを出入口に向けて答えるアリシア 「アリシアさん。ゴーストから呪詛を受けた負傷者が2名です。 お願いします。助けてください・・・!」 眉間に顔を寄せたアリシアが答える。 「ゴーストの呪詛は千差万別よ。助かると思わないほうが良いわ」 「それでも!!」 男が遮るように言う 「彼らは我々の同胞で、仲間だ。あなたのほかに助かりうる手段を私は知らない。 どうかお願いします。もちろん、謝礼は自警団の予算からお支払いします。助けてください」 カリカリと頭を掻きながら起き上がるアリシア 「わかったわよ・・・どこ?何人?」 「南の谷です。2名。どうにか救い出してこちらに向かっています。・・・ありがとうございます」 アリシアは座っていた椅子の背もたれにかけていたマントを羽織り、カウンターから出てくる。 「どうやって合流するのよ。森の中をこっちに向かってきてるってこと!?」 「大丈夫です。以前アリシアさんに納品していただいた道具で合流します」 そういって店を出る男。 「信じるわ。急ぎましょう」 カウンターから出て、男に続いて店を出るアリシア。 馬に乗る用意をしながら男が説明する。 「町の南側の出口で狼煙を上げます。 走っている彼らが狼煙を視認したら、彼らもその時点で狼煙を上げます」 感づいたアリシアがその先を引き継ぐ。 「なるほど。お互いの狼煙に向かって走れば最短距離で合流できるわけね でも、狼煙なんて火を焚く余裕は無いわよ」 「そこで、アリシアさんの作品の出番です」 男は懐から手のひらに収まる程度の筒を取り出した。 「筒の底の紐を引き抜くと、反対側から猛烈に煙を吹き出しながら魔法弾が飛び出します」 「ああ!アレそういうやつだったのね!」 以前作った依頼の品である事をやっと思い出したアリシア。 「私が持っていくわ。ここから南の外れまで行くなら、飛んでいける私の方が速いもの」 「わかりました。急いで追いかけますので。よろしくお願いします」 筒を受け取ったアリシアが衣類に編み込まれた魔法陣に魔力を込めると、 マントやズボンに複雑な模様が明るく浮かび上がる。 「先に行くわ」 南に向けて跳躍すると、軽々と屋根に飛び乗ったアリシアは、 2度目の跳躍で水平飛行に移った。
(流石に森の中は見えないわね) 空から森を見下ろしながら考えるアリシア。 少し飛んで、南側の森と街の境目に着地する。 「ここで良いわね。筒を上に向けて紐を・・・」 ポン!! 軽い音を上げて筒から勢いよく魔法弾が飛び出し、 緑色の煙を吹きだしながら蒼天に消えていく。 雲に届くほどの高さまで、一直線に緑色の線が描かれた。 「よし、これで彼らが見てくれたら・・・えいっ」 掛け声とともに跳躍したアリシアは、空に昇った煙に沿って浮遊するアリシア 煙の頂点に差し掛かるかというところで、森の方から煙が立ち上るのが見える。 「よかった、見えてくれたみたいね。っとと、書置きを残して・・・っと」 一旦着地したアリシアは魔力で『先に行く』と書き残して、 遠くに見えるもう一本の煙に向けて跳躍、飛翔を開始する。
(呪詛はその主訴によって対処が千差万別。でも、一つ一つ解析すれば手こずることはないはず・・・よね) 対岸の煙に向かい飛翔しながら考えるアリシア。 (主訴を解析できれば、患者から呪詛を切り離すのは難しくない。問題は呪詛の強度と、患者の体力が持つかどうか) 到着してからの手順を反芻しながら飛ぶアリシア。 緑の煙が目前に迫ったところで、煙の根元に向けて方向転換。 急降下しつつ、勢いを減らして軽やかに着地。 疾走していた馬がアリシアの目の前で止まる。 アリシアの視界には2頭の馬。それぞれ、たづなを握る男とその後ろにぐったりと荷物のように載せられている男。 「アリシアよ!助けに来たわ!」 目を丸くしながらアリシアを見る男たち。 「早く!患者を下ろして地面に寝かせて頂戴!」 「あっ、ああ、今すぐ!!」 アリシアの声を受けて、手綱を握っていた男は馬から降り、馬の後部に乗せられていた患者が下ろされる。 地面におろされた患者に、駆け寄り、意識などを確認していくアリシア。 (どちらの患者も意識ははっきりしてるわね。でも・・・何よこの呪詛の量は・・・) 患者を診ると、様々な呪詛が絡み合い、顕現する症状が多数みられる。 2人の患者は、あまりにも多くの呪詛を受けており、複雑に絡み合った症状が患者を重篤な状態にしている。
(これは・・・あまりにマズいわ。一つ一つは簡単な呪詛だけど・・・ こんなに絡み合ってしまっては、うかつにどれかを解呪したら、ほかの呪詛が一気に進行する恐れがあるわ) アリシアは二人を少し見比べる。 アリシアの目には、彼らを蝕んでいる呪詛が重苦しい塊になって見える。 より大きな塊に押しつぶされている、先に処置を開始する一人を決めた。 「あなたの対応が先よ。少し辛抱して頂戴」 複雑に絡んでいる呪詛をよく観察し、解呪したときにほかの呪詛に影響しない呪詛を探すアリシア (どれだけ重なっていても、一番軽い呪詛はあるはず・・・その呪詛を軸に解呪する順番を・・・) 十重二十重に重なる呪詛をかきわけて、触れた呪詛の主訴を解析していく。 (これは飢餓・・・こっちは妬み・・・憧憬・・・あった。これが最初) アリシアは触れて見つけた呪詛を読み解き、最初に患者から切り離す呪詛を特定した 「まずはこれ・・・!」 指先からこぼれる光が空中に図形を描きだす。 (ほかの呪詛に触れないように・・・) アリシアが空中に魔法陣を描くと、男の体から黒い靄のようなものが浮き出し、魔法陣に吸い込まれていく。 「一つ目OK・・・次は・・・」 集中力を切らさないようにつぶやきながら、次に解呪する呪詛を選定していく。 (多い・・・それに複雑すぎる・・・!) 20といくつかの呪詛を解き放ち、二回りほど小さくなった塊を前に 顔から滴った汗が地面に溜まるほどの時間をかけてなお、 終わりが見えない状況にアリシアの顔が曇る。 「くっ・・・埒が明かない・・・!」 (考えろ・・・これだけの呪詛、どれだけ急いでも全部解放するまで命が持たない) アリシアは荷物からネックバングルを取り出し、患者の首に着けた。 (生命力を直接補充する術式のバングル・・・でも、焼け石に水) 「バラバラに・・・できないなら・・・!」 何かを思いついたアリシアはバングルが供給できる生命力の残量がまだ十分ある事を確認して 患者の上に一枚の紙を置き、筆で魔法陣を描き始める。 「呪いの根幹は負の感情・・・絡み合ってる呪いの根源を一つにまとめて・・・」 走る筆に合わせて呪いの勢いが強くなっていく 顔を青くした自警団の男が思わず叫ぶ 「アリシアさん!呪いが強くなっているように見えます!!何をしているんですか!?」 大きく荒げた声に耳を貸さず、アリシアは魔法陣を書き上げ、魔力を込めていく。 「大丈夫、この方法なら二人とも助けられる・・・」 魔法陣が書き上がると、患者の体に置かれた紙は黒い影に覆われながらゆっくり宙に浮いていく 魔法陣を覆いながら黒い影が集まるにつれて、患者の男にまとわりつく呪いはどんどん薄らいでいく。 「バラバラに剥がすのが無理なら、一つにまとめて剥がせばいいのよ!」 宙に浮いた黒い影が患者から完全に分離したことを確認し、 アリシアは両手を軽く握り、左手の親指の指輪に、右手の人差し指の指輪を触れさせる。 そして、弓を引き絞るように両手を引き離すと、離れる指輪と指輪の間に光の矢が現れる。 「引き剥がした呪いを処理するわよ!伏せてて!」 伏せる暇もなく言い終わるとともに放たれた光の矢が、宙に浮いた黒い塊を射抜く。 根源で一つにつながった呪いの塊は、貫かれ、霧散して消え失せた。 まるで血が通っていないかのように真っ白だった男の顔に血色が戻る。 「す、すごい!こんな方法があるんですね!」 「驚いてる暇は無いわよ!早く治癒魔法で生命力を後押ししてあげて!」 伏せていた男はその言葉に飛び上がり、倒れている男に治癒魔法をかけ始める。 「もう一人も同じように処置するわよ!」 引き剥がした呪いを処理する際に巻き込まないよう位置を変え、 アリシアはもう一人の患者の呪いを魔法陣に移していく。 二人目との呪いも撃ち抜き、消滅させた。 「っはぁー・・・。命が助かってよかったわ・・・」 懐から二枚紙を取り出し、魔法陣を書き込んで二人の患者の旨に乗せる。 「簡易にだけど、生命力を補充できるわ。もう治癒魔法は止めて大丈夫よ」 患者の状態を確認したアリシアは、二人の首からバングルを外す。 「本当に良かった。バングルはもう機能してないわね」 バングルを荷物に仕舞ったところで、蹄鉄の音が近づいてくる。 「遅くなりました!二人はどうなりましたか!?」 自分を呼びに来た男が到着する。 「ちょうどよかった。助かったわよ」 アリシアの言葉を聞いて、遅れてきた男の表情に安堵が浮かぶ。 「私は先に戻って、街の医者に状況を伝えて受け入れの用意を頼んでおくから、気を付けて戻ってくるのよ」 当面の安全を確保し、自警団を置いて街へ飛ぶアリシア。 患者は生命力を注ぎ込んですぐ死ぬというところからは脱したが、 体が健康かどうかはまた別な問題なのだ。 (診察とか出来ないから、対症療法で一時しのぎするしかないのよねー) 数分飛んで街の診療所に降り立ち、医者に状況を説明し、受け入れを依頼するアリシア。 「魔法的に生命力を注いでいるから、すぐに危険な状態ではないけど、 呪いのために臓腑を病んでいる可能性があるわ。 診察と、状態に応じた治療が必要よ」 承諾した医者にすべてを任せて、アリシアは工房に向けて路地裏に消えるのだった。 ________________