「よぉし、でーきた!」 椅子の背もたれに体重を預け、結っていた髪を解き大きく伸びをする。 机にのっているのは、一冊の分厚い本と、幾何学模様で埋め尽くされたノート。 「上手くいくと良いなぁ」
事の起こりは、一週間前。 秋深まり、落ち葉の掃除も一段落ついた頃。 私は学校の帰りに、河川敷で怪しいフードの人と出会った。 「ティンと来た!君には素質が有る!」 開口一番そんなこと言われながら肩をつかまれたもんだから、110番通報よ。 「おねがい待って!私の話を聞いて!怪しい者じゃ無いからー!」 携帯を取り出した所で不審者に縋り付かれた。 「ちょっと!離してください!」 あれ、出した声がおかしい。 声を出したはずなのに、声が出てない感じがする。 冬枯れで枝だけになった木の枝が大きく揺れているのに、風の音もしない。 「な、何・・・?」 呟いた声も、耳を塞いで出した声みたいにくぐもって、声が出た気がしない。 辺りを見回してみても、やっぱり何の音もしない。 冷や汗が出てきたところで、不審者がフードを脱いだ。 「ふっふーん、ようやく気づいたわね!私はこう見えて魔法使いなの!」 フードを脱いだ勢いでふわっと舞う深い茶色の髪。 青空に透かされ、きらきらとオレンジ色に光る髪の毛。 一瞬この状況を忘れて自称魔法使いに見とれてしまった。 そんなきれいな髪の毛をまといながら、川越シェフもかくやってくらいのどや顔を決る不審者。 「あー!信じてないなこの子!?」 信じる信じない以前の問題だってば。 誠心誠意げんなりした顔を作ったつもりだったが、勘違いされてしまった。 「自分でも気づいているでしょ?今は、私の魔法であなたと私だけ周囲と独立した空間に居るのよ?」 そう言いながら、指先で空間に光りの線を書いていく。 白い光が円を描き、その中を三角形や小さな記号で埋め尽くしていく。
あっけにとられて見ていると、 「それー!」 自称魔法使いの声と同時に光の図形がはじける。 「きゃっ!?」 思わず目をつぶってしまう。 ・・・音が聞こえる。 風の音、自動車の音。 目を開けると、先ほどまで枝だけだった木が、そこだけ時間を戻したように 枯れ葉で彩られている。 「驚かしてごめんね。でも、信じてもらえたかしら?」 自称魔法使いが目の前に一冊の本を差し出してくる。 「私はここまでしか出来なかったから、私が見込んだ素質の有るあなたに、 この技術を受け継いでもらいたかったの」 今、何を言ったんだろうこの人は。 初対面の私に、魔法を受け継いで欲しい? 「じょ、冗談ですよね?」 「冗談では無いわ。まあ、そんなに重く考えないで。特技が一個増える位のものなんだから」 さっきのどや顔はどこへ行ったのやら、真剣なまなざしで言う魔法使い。 「なんで、私なんですか」 「あなただから・・・かな。いろんな人を観察してきたけど、あなたが一番素質が有るのよ」 「何の、素質ですか。私、魔法なんて初めて見ました」 魔法使いにつられて、私も真剣に聞き返す。 「私の技術は、魔方陣。力を持つ図形を組み合わせて魔法を使うの。誰にでも出来ちゃうのよ。 あなたの素質は、誠実である事。私がこの魔法を渡しても、自慢せず、驕らず、悪用しない。 私の目にあなたは、そんな風に見えているわ」 ざあ、と風が吹き、魔法使いの髪の色と同じ色の落ち葉がばらばらと私たちに降ってくる。 この人に、包まれて居るみたいに。 「・・・見込み違いかもしれませんよ。良いんですか?」 「私も、同じ事を言ったわ。この本をくれた人にね」 そう言って照れたように笑う魔法使い。 差し出されている本に手を伸ばす。 本に触れた瞬間、たくさんの魔方陣が頭の中に雪崩れ込んできた。 めまいがする。なんとかこらえて本を受け取ると、 「それじゃあ、その本をよろしくね。魔法使いさん」
そんな声が聞こえ、めまいが収まる頃にはもうフードの不審者は居なくなっていた。 そうして、今に至る。 あの人は多分もうこの世に居ないんだと思う。 私は、受け継いだこの本をもっと分厚く、もっと磨いていかなきゃいけない。 「多分、上手くいくよね。開いた時に一個目が発動して、閉じたときに二つ目・・・」 目の前のノートに書き込んだ描かれた幾何学模様の数々を見返す。 「うん、これで大丈夫なはず・・・!」 まずは一歩目。新しい技術。 あの人は指先で魔方陣を書いていたけど、本を受け取った時に閃いた技術。 本に載っていなかった魔法。 季節は中秋、街のあちこちでお祭りの準備が始まっているから、怪しまれたりしない筈。 「っとと、あんまり遅くなるとまずいかな」 慌てて上着を羽織り、ノートを鞄に入れて外へ出る。 分厚い本はしっかりと本棚に収めてある。 きっと、これが上手くいったら、あの本のページが増える。そんな気がする。 しばらく歩いて、不審者と出会った河川敷にやってくる。 お祭りとは無縁の人気の無い河川敷。 念のために辺りに人が居ないかよく見回す。 よーし、誰も居ない。 「・・・大丈夫、絶対大丈夫!」 自分に言い聞かせながら鞄からノートを取り出し、勢いよく空に向かって開く。 鉛筆で描かれた魔方陣が輝き、小さな一つの光の球を夜空に向かって撃ち出した。 空に向かってノートを開いて待つ。 どれが星で、どれが上っていった光なのか分からなくなった。 「あの人に、見えますように!」 ぱん!と勢いよくノートを閉じる。
音も無く、色とりどりに煌めく大輪の花火が一つ、夜空に花開いた。